東京高等裁判所 平成3年(行ケ)261号 判決 1992年7月14日
大阪府大阪市淀川区野中南2丁目11番48号
原告
日本ピラー工業株式会社
同代表者代表取締役
岩波清久
同訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
同
風間鉄也
同
布施田勝正
同
鈴江孝一
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
同指定代理人通商産業技官
清田栄章
同
菅生圭一
同
加藤公清
同通商産業事務官
廣田米男
主文
特許庁が平成2年審判第17756号事件について平成3年9月5日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者が求めた裁判
1 原告
主文同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年9月1日、名称を「グランドパッキン」とする発明(後に「格子編構造のグランドパッキン」と補正、以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第162365号)したところ、昭和63年5月16日特許出願公告(昭和63年特許出願公告第23422号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成2年7月4日特許異議の申立ては理由があるとする決定とともに拒絶査定を受けたので、同年10月4日査定不服の審判を請求し、平成2年審判第17756号事件として審理された結果、平成3年9月5日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月7日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で格子編して形成されるパッキンにおいて、そのパッキン角部を通る編み糸の繊維が5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維であり、かつパッキン角部を通らない編み糸の繊維が充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維であることを特徴とする格子編構造のグランドパッキン(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) これに対して、昭和58年特許出願公開第17259号公報(以下「引用例1」という。別紙図面2参照)、「ニチアス技術時報81、5、NO.3」日本アスベスト株式会社昭和56年5月1日発行、以下「引用例2」という。)には、下記の技術的事項が記載されているものと認められる。
A 引用例1
<1> パッキン及びガスケット材の素材として、減摩材との併用のもとでアラミド繊維、黒鉛・カーボン繊維、有機繊維等の混合物を使用し、これらをブレイド編(くみひも編)又はツイスト編してパッキン及びガスケット材を作ること
<2> パッキンの一例として、有機繊維(ポリエチレン、ポリプロピレン又は天然繊維等)の芯41がガラス質繊維43のブレイド編のジャケット42で覆われ、このジャケット42中にアラミド(2~50重量%)が含まれるときには、ガラス繊維とアラミド繊維とを一緒にツイスト織り、スピン織り、又はレイアップ織りとすることができること(第5頁左下欄第17行ないし第6頁左上欄第19行及び第5図を参照)
そして、上記構成要件<2>の記載によれば、有機繊維の芯41の周囲に(当然にパッキン角部も含まれる。)、有機繊維よりも高強度のガラス繊維とアラミド繊維のブレイド編のジャケット42を配したのであるから、パッキンとして強度特性が大幅に向上されるものと解される。
B 引用例2
<1> 往復動ポンプ等に使用されるグランドパッキンであって、多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で格子編してグランドパッキンを形成すること
<2> パッキンの素材として、充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維(PTFE)は普通に使用されていること
<3> アラミド繊維は、引張強度が非常に強く(第6頁表6によれば、22g/d)、高いモジュラスを有し、パッキン用素材として優れていること
(3) そこで、本願発明と引用例1記載のものとを対比すると、両者は、多数本の繊維を収束して編み糸となし、この編み糸の複数本で編組したパッキンにおいて、そのパッキン角部を通る編み糸の繊維としてアラミド繊維が使用されている点で一致し、次の点で相違する。
<1> 前者は編組を格子編とするのに対し、後者は編組をブレイド編(くみひも編)とする
<2> 前者は、パッキン角部を通る編み糸の繊維として5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維だけとするのに対し、後者はパッキン角部を通る編み糸の繊維として引張強度不明のアラミド繊維とガラス繊維の混合したものとする
<3> 前者は、パッキン角部を通らない編み糸の繊維が充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維であるのに対し、後者はパッキン角部を通らない編み糸として有機繊維(ポリエチレン、ポリプロピレン等)を用いる
(4) 上記相違点について検討する。
引用例2には、グランドパッキンを、<1>格子編で編組すること、<2>引張強度22g/dのアラミド繊維だけで形成すること、及び<3>充填材を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維で形成することがそれぞれ記載され、かつ、本願発明と引用例1記載のものはパッキン角部の強度特性を向上する共通の技術的課題を達成するものであるから、パッキン角部を通る編み糸の繊維としてガラス繊維とアラミド繊維の混合体をアラミド繊維だけに代えること、パッキン角部を通らない編み糸の繊維として、有機繊維を充填材を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維に代えたことは容易に想到できた程度のことといわざるを得ない。
(5) 以上のとおりであって、本願発明は、引用例1及び引用例2記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載のものとの一致点及び本願発明の相違点<1>ないし<3>に係る構成は引用例1記載のものと相違すること(ただし、相違点<2>及び<3>についての引用例1記載のものの構成は争う。)は認めるが、審決は、本願発明及び引用例1記載のものの技術内容を誤認した結果、相違点<2>及び<3>の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
審決は、「本願発明と引用例1記載のものはパッキン角部の強度特性を向上する共通の技術的課題を達成するものであるから、パッキン角部を通る編み糸の繊維としてガラス繊維とアラミド繊維の混合体をアラミド繊維だけに代えること、パッキン角部を通らない編み糸の繊維として、有機繊維を充填材を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維に代えたことは容易に想到できた程度のこと」と判断している。
しかしながら、本願発明はパッキン角部の強度特性を向上させることを技術的課題の一つとしているが、本願発明の基本的な技術的思想は、グランドパッキンにおいてパッキン角部を通る編み糸をアラミド繊維とし、パッキン角部を通らない編み糸を充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維とすることによって両繊維の有する特性を十分に活用させることにあり、これを具体化するために、編組形成として格子編を採用し、その編み糸の通過経路が3経路の場合に、パッキン角部を通る第1経路と第2経路の編み糸にアラミド繊維を用いて、パッキンの接面の両端にアラミド繊維が露出するようにし、パッキン角部を通らないでパッキン中央部を通る第3経路の編み糸には充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維を用い、パッキンの接面中央部にこの充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維が露出するように構成したものである。
本願発明は、上記構成を採用したことにより、グランドパッキンの接面は両端に配置されたアラミド繊維によって硬質となり、耐圧性と保形性が確保され、応力歪みの発生が防止される一方、その中央部に配置された充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維によって軟質となり摺動性、熱伝導性、耐熱性、耐薬品性が確保され軸封に寄与するという高負荷条件の軸封装置用グランドパッキンとして格別の作用効果を奏するものである(本願発明の特許出願公告公報(以下「本願公報」という)第3欄第24行ないし第4欄第5行)。
これに対して、引用例1には、パッキン角部の強度特性を向上させることを技術的課題とする旨の開示はなく、また、本願発明の基本的な技術的思想であるところの二つの繊維の有する特性を発揮させるため各繊維の配置を考慮してパッキンを編組形成することの開示はなく、それを示唆する記載もない。
また、引用例1記載のものの具体的構成をみても、引用例1に「比較的価格の低い有機繊維の芯41が、ガラス質繊維43のブレイド編みのジャケット42で覆われる。このジャケットには、ガラス質繊維よりも高価格の繊維、例えばアルアミドを2~50重量含ませてもよい。」(第5頁左下欄第17行ないし右下欄第1行)と記載されていることから明らかなように、アラミド繊維とガラス繊維を混合したものは、パッキン角部を通る編み糸ではなく、ジャケットを構成する編み糸であり、有機繊維は、パッキン角部を通らない編み糸ではなく、パッキン中芯層を形成する芯糸である。したがつて、審決の引用例1記載のものに関する相違点<2>及び<3>の認定には誤りがある。そして、前者(アラミド繊維とガラス繊維を混合したもの)は混紡状態でブレイド編みしたジャケットとしてパッキンの全面に依存するだけであり、後者(有機繊維)はパッキン接面に露出することはない。
そして、引用例1には、「ある一定の情況、例えば回転シャフトでなくて往復運動シャフトをシールするのにパッキンが使用される場合、又は組立及びその後の調整において過剰の圧縮力が適用されるような時には、ガラスーガラス間の衝突の結果として、保護されていないガラス繊維が比較的容易に破壊される恐れがある。」(第4頁右上欄第13行ないし第19行)と記載されていることから明らかなように、ガラス繊維を用いた引用例1記載のものはパッキンとして強度が大幅に向上されるものということはできない。
このように、本願発明と引用例1記載のものとは基本的な技術的思想を異にし、その結果構成及び作用効果を異にするものであるから、引用例1記載のものに基づいて、「ガラス繊維とアラミド繊維の混合体をアラミド繊維だけに代え、有機繊維を充填材を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維に代えたことは容易に想到できた程度のこと」とした審決の判断は誤りである。
被告は、乙第2ないし第4号証を援用して、パッキン角部の両端を、パッキン角部を通らない部分とは異なる素材を使用することは、本件出願前技術常識であった旨主張するが、審決にはこのような認定は存しないのみならず、これらの乙号証に開示されたものはいずれも本願発明とは技術的手段を異にしており、このことから引用例1記載のものに基づいて本願発明の相違点<2>及び<3>にかかる構成を得ることが容易であるということはできない。
第3 請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決の原告主張の違法は存しない。
原告は、引用例1には、本願発明の基本的な技術的思想であるところの二つの繊維の有する特性を発揮させるため各繊維の配置を考慮してパッキンを編組形成することの開示はなく、それを示唆する記載もない旨主張する。
しかしながら、グランドパッキンの素材繊維としてポリテトラフルオロエチレン繊維が適当な充填材とともに用いられていたことは、引用例1及び2に記載されているように本件出願前の技術的常識である。ところが、上記繊維だけではグランドパッキンとして耐摩擦性に難点があるため、引用例1記載のものはポリテトラフルオロエチレン繊維等の有機繊維にガラス繊維を混合した編み糸を用いることにより強度の向上を図るものであり、その一例としてアラミド繊維とガラス繊維の組み合わせのものがあり、引用例1には、そのような2種の繊維を組み合わせるのは、両タイプの繊維の有する長所をいかんなく具現することにあると明記されている。
したがって、本願発明と引用例1記載のものとでは2種の繊維の組み合わせに一部異なるところがあるものの、各繊維の配置を考慮してパッキンを編組形成することが開示されているから、原告の前記主張は理由がない。
また、原告は、本願発明と引用例1記載のものとはパッキンの具体的構成を異にする旨主張する。
しかしながら、引用例1記載のもののジャケット42は芯41の周囲全体を覆っているのであるから、パッキン角部はパッキン角部以外の表面部分とともにガラス繊維とアラミド繊維を混合した編み糸で形成されており、また、芯41は原告主張のように芯糸として存在しているのではなく、ブレイド編、ツイスト編等で編織されている。ジャケット42も同様である。そして、芯41、ジャケット42はともに同種の構造のものに編織されているのであるから、両者は相互に編織されていると解するのが自然である。なお、引用例1記載のものにおいて、パッキン角部を通らない編み糸もガラス繊維とアラミド繊維を混合したものであるが、アラミド繊維は有機繊維であるから、パッキン接面中央部には有機繊維のアラミド繊維が露出している構成となっている。
したがって、審決が、相違点<2>について、前者(本願発明)は、パッキン角部を通る編み糸の繊維として5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維だけとするのに対し、後者(引用例1記載のもの)はパッキン角部を通る編み糸の繊維として引張強度不明のアラミド繊維とガラス繊維の混合したものと認定し、相違点<3>について、前者は、パッキン角部を通らない編み糸の繊維が充填剤を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維であるのに対し、後者はパツキン角部を通らない編み糸として有機繊維を用いる、と認定したことに誤りはない。
このように、パッキンの素材繊維として2種の繊維の有する特徴をたくみに利用することは本願発明と引用例1記載のものに共通する技術的思想であり、この技術的思想をパッキンに応用し、パッキン角部、つまりパッキンの接面(シール面)の両端を、パッキン角部を通らない部分、つまりパッキンの接面中央部とは異なる素材を使用することは、本件出願前技術常識であった(乙第2ないし第4号証)。
一方、引用例2には、パッキンをポリテトラフルオロエチレン繊維、アラミド繊維等で形成することが記載されている。
以上の技術的事項を総合的に判断すれば、パッキン角部を通る編み糸の繊維としてガラス繊維とアラミド繊維の混合体をアラミド繊維だけに代えること、パッキン角部を通らない編み糸の繊維として、有機繊維を充填材を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維に代えたことは容易に想到できた程度のことであって、相違点<2>及び<3>についての審決の判断に誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 成立に争いのない甲第2、第3号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであることが認められる。
(1) 本願発明は、往復動ポンプの軸封装置等に使用される耐圧性の良好な格子編構造のグランドパッキンに関する(本願公報第1欄第10行ないし第12行、平成2年11月5日付け手続補正書2枚目第6行・第7行)。
従来、耐薬品性を必要とする条件下に使用されるパッキンとして、多数本のポリテトラフルオロエチレン繊維を緊密に集束して編み糸とし、この編み糸を複数本編組して製造したパッキンが知られているが、昇温時に熱収縮を生じ、しかも熱伝導性が悪く潤滑剤の保持性に乏しく、価格も非常に高い等の欠点がある。この欠点を改良したものとして、黒鉛等の充填剤を含むポリテトラフルオロエチレン繊維から成る格子編構造のパッキンがあるが、使用流体圧力20Kg/cm2以上の条件の往復動ポンプの軸封装置に使用すると、充填剤入りポリテトラフルオロエチレン繊維が応力歪みを生じやすい特性を有するため、パッキンの変形を生じて軸との接触面積が増加し、寿命が短くなる欠点を有しており、変形防止のための硬質のアダプターパッキン又はスペーサリングの配置が必要となる(本願公報第1欄第13行ないし第2欄第5行、上記補正書2枚目第8行ないし第11行)。
本願発明は、上記知見に基づき充填剤入りポリテトラフルオロエチレン繊維本来の優れた熱特性と摺動特性を備え、しかも強度特性が大幅に向上した格子編構造のグランドパッキンを提供することを技術的課題(目的)とする(本願公報第2欄第6行ないし第10行、上記補正書2枚目第12行・第13行)。
(2) 本願発明は、上記技術的課題を達成するため本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(上記補正書4枚目第2行ないし第9行)を採用した。
(3) 本願発明は、パッキン角部を通る編み糸として5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維を多数本集束した硬質の編み糸を使用しているため、従来の軟質の充填剤入りポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸のみを使用したパッキンに較べ、耐圧性、保形性が極めて良好であり、使用流体圧力20Kg/cm2以上の条件の往復動ポンプの軸封装置に使用してもパッキンの変形を生じて寿命が短くなることがなく、硬質のアダプターパッキン又はスペーサリングの配置が不要である。しかも、パッキン角部を通らない編み糸には充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸を使用しているため、従来の充填剤入りポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸のみを使用したパッキンに較べて遜色のない摺動性、熱伝導性、耐熱性、耐薬品性を備えており、上記耐圧性、保形性と相まって高負荷条件の軸封装置用パッキンとして威力を発揮する(本願公報第3欄第24行ないし第4欄第5行)という顕著な作用効果を奏する。
2(1) 引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載のものとの一致点及び本願発明の相違点<1>ないし<3>に係る構成は引用例1記載のものと相違すること(ただし、相違点<2>及び<3>についての引用例1記載のものの構成を除く。)は当事者間に争いがないが、原告は、審決は、本願発明及び引用例1記載のものの技術内容を誤認した結果、相違点<2>及び<3>の判断を誤った旨主張するので、この点について検討する。
上記1認定事実によれば、本願発明は、従来技術に存する上記欠点を解消し、ポリテトラフルオロエチレン繊維本来の優れた熱特性と摺動特性を備え、しかも強度特性が大幅に向上した格子編構造のグランドパッキンを提供することを技術的課題(目的)とし、これを達成するため本願発明の要旨記載の構成、特に、パッキン角部を通る編み糸として5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維を多数本集束した編み糸を用い、パッキン角部を通らない編み糸には充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸を用いる構成を採用し、この構成により、耐圧性、保形性が極めて良好であり、使用流体圧力20Kg/cm2以上の条件の往復動ポンプの軸封装置に使用してもパッキンの変形を生じて寿命が短くなることがなく、硬質のアダプターパッキン又はスペーサリングの配置が不要であるとともに従来の充填剤入りポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸のみを使用したパッキンと同様な摺動性、熱伝導性、耐熱性、耐薬品性を備え、上記耐圧性、保形性と相まって高負荷条件の軸封装置用パッキンとして威力を発揮するという顕著な作用効果を奏するものである。
これに対し、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例1は、発明の名称を「パッキンおよびガスケット材」とする特許出願公開公報であって、引用例1記載のものの技術的課題について、次のとおり記載されていることが認められる。
<1> ポリテトラフルオルエチレンの性状(常温流れcold-flowの性状を有するため容器の形状に整合させるには有利であるがそれがパッキンを保持するものでないときは不利であること、摩擦係数が低く運動部品と接触して操作するときに有利であること、減摩剤として作用し減摩剤が保持される限りガラス・黒鉛等の繊維が運動部品と接触するパッキンとして機能すること、他の繊維及び他の減摩剤との組み合わせにより予想外かつ高度の利点を有すること)を利用し、公知の石綿を主体とするパッキン及びガスケットを価格において競争できるものに換えることを得、しかも、黒鉛繊維のような高価格な物質を用いることなく機能させることが可能となった。
<2> この発明は、広い範囲の目的に適うが、ポリテトラフルオロエチレンのガラス繊維による拘束が充分でないため過剰の常温流れが欠点となる、ポリテトラフルオロエチレン繊維のジャケットを有するガラス繊維の芯から成る公知の構造(第3頁左上欄第4行ないし右上欄第13行)を改良し、「公知及び新規の有機繊維と組み合わせて、各種のガラス繊維を構造内に含有させ、それによって両タイプの繊維の有する長所を具現させようというものである」(同頁右上欄第14行ないし第17行)。
そして、前掲甲第4号証によれば、引用例1記載のもののパッキンの一例として、引用例1には、「第5図に示す態様においては、比較的価格の低い有機繊維の芯41が、ガラス繊維43のブレイド編みのジャケツト42で覆われる。このジャケットには、ガラス質繊維よりも高価格の繊維、例えばアルアミドを2~50重量含ませてもよい。ジャケット中にアルアミドが含まれる場合には、ガラス繊維とアルアミド繊維とを一緒にツイスト織り、スピン織り、又はレイアップ織りすることができる。」(第5頁左下欄第17行ないし右下欄第6行)と記載され、別紙図面2FIG 5に有機繊維芯上にガラス質の繊維のジャケットを包含する態様の断面斜視図が図示されていることが認められるが、前掲甲第4号証を検討しても、引用例1記載のものがパッキン角部の強度特性を向上することを技術的課題とするについてはもちろん、有機繊維の芯41をガラス繊維43にアルアミドを2~50重量含ませるブレイド編みのジャケツト42で覆うことの技術的意義についても何ら明記されていなく、これを示唆する記載も存しない。
以上の認定事実によれば、引用例1記載のものは、ポリテトラフルオロエチレン繊維のジャケットを有するガラス繊維の芯から成る公知の構造がポリテトラフルオロエチレンのガラス繊維による拘束が充分でないため過剰の常温流れが欠点となるとの知見に基づき、公知及び新規の有機繊維と組み合わせて、各種のガラス繊維を構造内に含有させ、もって両タイプの繊維の有する長所を具現させることを技術的課題とするものであって、本願発明のように、ポリテトラフルオロエチレン繊維本来の優れた熱特性と摺動特性を備え、しかも強度特性が大幅に向上した格子編構造のグランドパッキンを提供することを技術的課題とするものでなく、その結果、本願発明のように、パッキン角部を通る編み糸として5g/d以上の引張強度を有するアラミド繊維を多数本集束した編み糸を用い、パツキン角部を通らない編み糸には充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸を用いる構成を採用することは引用例1記載のものにおいて全く考慮されていないことが明らかである。
引用例2には、パッキンの素材として、充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維が普通に用られていること、アラミド繊維は引張強度が非常に強く、高いモジュラスを有し、パッキン用素材として優れている旨記載されていることは当事者間に争いがないが、引用例1記載のものは特にパッキン角部を通る編み糸の引張強度を向上させ、角部を通らない編み糸には充填剤配合のポリテトラフルオロエチレン繊維を集束した編み糸を用いる構成を採用して前者によつて得られる耐圧性、保形性と後者によって得られる摺動性、熱伝導性、耐熱性、耐薬品性を兼ね備えた高負荷条件の軸封装置用パッキンの実現を意図したものではなく、ジャケットをガラス繊維にアルアミドを2~50重量含んだ態様となるもので構成した結果、有機繊維の芯を覆うジャケット全体がその角部も含めてガラス繊維とアラミド繊維の混合体で構成されているにすぎない。
したがつて、本願発明と引用例1記載のものとは、その技術的課題を異にし、その結果上記構成を異にするものであって、上記の意味において両者は技術由思想を異にすることが明らかである。そうであれば、引用例2記載の技術的事項が公知であっても、当業者において、引用例1記載のものに基づいて、そのパッキン角部を通る編み糸の繊維としてガラス繊維とアラミド繊維の混合体をアラミド繊維だけに代え、かつ、パッキン角部を通らない編み糸の繊維として、有機繊維を充填材を配合したポリテトラフルオロエチレン繊維に代え本願発明の相違点<2>ないし<3>の構成を得ることは容易に想到し得ることではない。
この点について、被告は、乙第2ないし第4号証を援用して、パッキン角部の両端を、パッキン角部を通らない部分とは異なる素材を使用することは、本件出願前技術常識であった旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない乙第2号証(昭和50年実用新案出願公告第26823号公報)及び乙第3号証(米国特許第2,446,224号明細書)を検討しても、本願発明の上記技術的課題は示されていないことが認められる。また、成立に争いのない乙第4号証(英国特許第1288878号明細書)によれば、同号証記載の発明は、PTFE繊維と黒鉛繊維との利点を生かして高い耐薬品性、低摩擦特性、良好な熱放散性を持つグランドパッキンを提供することを技術的課題とし、両繊維を一つのパッキンを形成するように互いに編組して構成されるグランドパッキンを採用したものであることが認められるが、本件出願当時このような発明が公知であるからといって上記のように本願発明と技術的思想を異にする引用例1記載のものに基づいて上記本願発明の構成を得ることが当業者にとって容易であったとはいえない(ちなみに、乙第4号証は本件出願手続において引用例として拒絶理由に示されたものでも審決で援用されたものでもなく、本件訴訟において始めて被告から提出されたものであって、本件訴訟では、単に引用例1記載のものの技術的内容を理解し、あるいは本件出願当時の技術水準を理解する資料とすることが許されるにすぎない。)。
(2) 以上のとおりであって、審決は本願発明と引用例1記載のものとの相違点の判断を誤った結果、本願発明は引用例1及び引用例2記載のものに基づいて容易に発明をすることができたとしたものであるから、違法であって、取消しを免れない。
3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>